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2010/03/01(Mon)

登場人物の死について語ってみよう

今日も泥酔記帳。

※ワンピースの単行本派の人はネタバレありますんで注意して下さい。
ポートガス・D・エース死亡。

尾田は前々から
   「人が死んだから泣くってね、感動じゃないんじゃないかと思うんですよ。」
   「だって不自然じゃないですか、人が生き返るのは(笑)」
みたいな発言で、不殺主義を露わにしていたので、結構色々な所で波及が起きているようで。

↑でも書いてしまっているけど、 『不殺主義』 は第三者が勝手に言っている事で、
実際には、 『不殺主義』 ではないのではないかと。
「人が死んで悲しい」 という涙が嫌なのであって、
「感動には死が伴わない」 っていうのではないという必要十分条件的なアレです。
事実過去のEPにはほとんど死が絡んでいるし。

事実、エースの散り際は大罪人の子として生まれた自分にコンプレックスを持ちながら、
様々な人と知り合い、様々な人と深く関わった事を感謝している事を発露しています。

   「俺は "生まれてきても良かったのか" 欲しかったのはその答えだった。
    オヤジ… みんな… そしてルフィ。 愛してくれて ……ありがとう。」

ここで尾田が描いているのはまさしく、尾田自身の言う 『人に優しくされた時に流す涙』。
生まれた時から人に疎まれ、トラブルばかり起こして捻くれて育った彼には、
普段ではこんな素直な言葉と表情は出てこなかったワケで。
その彼の素直な心情を吐かせるだけの事件が、彼自身の死というタイムリミットであったから、
現在進行で死を描かざるを得ないだろう、これは。

彼の流した涙も、周りの人々が流した涙も、この物語に涙した人の涙も、
彼が長い年月を掛けて見出した、答えへの、喜びの感動の涙です。ただ、その直後に死があっただけ。

------- 「人が死んだから感動できない」 事など無い。 喜びの感動の場面に、死が必要な事もある。----

ここからが俺独自の見解だ。

「人が死なないから感動できない」
「人が死ぬからリアルで面白い」

こんな線引きは無用だと思うのだ。
言うまでも無く、人の死って物語で扱うにも重いものだろう。

―― E=mc^2 という式を知っているか?この世で最も美しい式の一つだ。
この式にかかれば1円玉3枚で地球が破壊できる。
その基盤となっている式が、F=ma、俺が最もこの世で美しい式だと思っている式だ。
この式で表せる事の一つに、 「重いものは、動かしにくいし止めにくい」 という事がある。

そう。たかが創作作者が、死を絶対的なものとしようとしまいと、日常的なものとしようとしまいと、
人の死に関わった感動がある事は、止められないよ。

それは、死ぬから感動するのではなくて。
死というタイムリミットに応じて生じた、人の心からの行動に感動するのです。

俺が思うに、死とは、ゴールだ。
エースは死刑台で一人、命を掛けて自分を救いに来た人々を見て。
自分の生まれた意味と、その軌跡の確かな成果を感じながら、終点を迎えたのでしょう。

俺が公開した最新の作品、NO NEGATIVE,NO LIFEの主人公、ポイズンに、劇後に言わせたい言葉がある。
   「――俺は"蝉"。」
私が尾田先生と同じく尊敬する、作家の伊坂幸太郎 著『グラスホッパー』からの引用ですが、
非常に良いフレーズだと思います。
死を以って感動を伝える人物は、死の前の一瞬の為に、長い月日を掛ける。
その下積みを以って、死というゴールを迎え、生を全うする。

こういう風に、作者の意図しない所でひょんなフレーズを捉えるのが好きだ。
最後に、同作家の傑作『重力ピエロ』から、これまたお気に入りのフレーズを。


   「死が敗北だと、誰が決めた。」


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不定期的に泥酔しながら、こんな長文を書くのが性に合っているのかもしれないなあ。
アマゾンで長い長いさんぽ買ったから、届くのが楽しみだ。
コレを読んで、俺も号泣しよう

 

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つぃっっっったー

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